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高橋美登里礼法きもの学院

きものの力

2015.01.21

母から譲り受けたきものを着たいので、着付けを教えてください

そう連絡をくださったのは、以前、礼法講座を受講してくださっていたIさん。
全12回の礼法講座の11回目の日、入院していたお母様を介護する為に引き取る決意をしたIさんは「母が退院してくるので、次回のお稽古はお休みします」とおっしゃり、最終日にお手渡しするはずの修了証書を郵送しました。

あれから1年以上経った昨年の春です、Iさんから思いがけない連絡をいただいたのは。私は、お母様の容態を伺うのが憚られ、遂にお聞きできないまま1回目のお稽古になりました。Iさんは個人レッスンをご希望で、「きものの事はまったくわからない」との事でしたので、1回目のお稽古はIさんのお宅で、箪笥の中を見せていただきながら必要なものを探すことになりました。

Iさんのお宅にお邪魔しても、お母様の気配を感じません。残念ですが、お母様はお亡くなりになったとの事。でも、その後、私はお母様の大きな愛情を感じることになりました。

Iさんは、箪笥に仕舞われていた着物や帯を見せてくれました。1枚ずつ丁寧にたたまれて、たとう紙に入れられています。そして、着物や帯1つずつにお母様からのメッセージが添えられていました。

「これは大島紬です」

「この着物は大変気に入っているので大事に着てください」

「この帯は訪問着に合わせてください」

等々。お母様が、大好きだった着物を娘に譲り渡すために残してくれたメッセージ。「きものなんて、ぜ~んぜん興味ないの」と言っていた娘が、果たして着てくれるだろうか?という少しの不安がありつつ、でもいつかきっと、着たい!と思ってくれる時が来る、その時、娘が困らないように、との母心。私は胸が熱くなりました。

それらの着物の中から、お母様が時々お召しになっていたという緑色の紬を練習用に使う事になりました。
私の教室では、鏡を見ないで着物を着ます。「エ~~~~ッ!!」とよく驚かれるのですが、「鏡を見て着る練習をすると、鏡なしでは着られなくなるよ。でも、鏡を見ないで着られれば、鏡があってもなくても着られるよ、どっちがお得?」と聞くと皆さん後者を選びます(笑
という事で、Iさんも鏡なしで着物を着る練習をしました。はじめての体験にフゥフゥ言いながら一生懸命です。一通り着物が着られたので、成果を鏡で見ましょう、と姿見をIさんの前に持って行きました。

緑色の紬を着ているIさんが鏡に映し出された瞬間

お母さんだ!!

と小さく叫ぶなり、Iさんの目から涙が溢れてきました。

大丈夫、お母さんは、いつもあなたの側にいるよ

着物が、そう言っている様でした。