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きものの柄は、季節を守るべきなのか?

2015.04.06

今年もアッという間にお花見の季節が終わってしまいました。

お花見に行った日はあいにくの曇り空でしたが、綺麗に咲いていました。

きものの柄は、季節を守るべきなのか?

 

桜を見るといつも、ある着物作家さんがおっしゃった言葉を思い出します。

 

僕たちは、きものに美しい柄を描きたい一心で日々精進しています。だけど、どんなに美しい桜を描いても、本物の桜にはかなわない。だから、桜が咲いていない時に着てほしい。そして、そのきものを見た人に以前に見た本物の桜の素晴らしさを思い出して幸せな気分になってもらいたい。

 

そしておどけて「正直、僕の創った桜柄のきものを、満開の桜の木の下で着て欲しくないですね〜、本物に負けちゃいますから、悔しいっ!(笑」と。

さらに「桜に限らず他のお花も同じです。あえて季節を外して着ることで、本物の美しい自然を見たときの感動を、もう一度味わって欲しいのです」とおっしゃっていました。

 

一般的にきものは、少し季節を先取りして着るのがおしゃれと言われています。もうそろそろあのお花が咲く頃ね、というあたりからそのお花が満開を迎えるくらいに着るのがよいでしょうか。桜は、国花でもあるので意見が分かれるところではありますが、一般的にはそれが常識のようになっています。

着物には様々な細かい決まり事や暗黙の常識のようなものがあり、何が何でもそれらをしっかり守らなければならないと思っている方もいらっしゃるかと思います。でも、その作家さんのお話を伺って、大切なのは決まり事や常識を守る事ではなく、衣服に込めた思いを、正しくしっかり伝える事なのだな、と改めて思いました。時と場合によっては非常識の方が人を感動させるのだと。

たとえばいつも一緒にれんげを摘んで遊んでいた幼なじみと久しぶりに会う時、季節外れであっても、れんげ柄のきものを着て行ったら、懐かしく子供の頃を思い出し、一気に子供時代にタイムスリップするのではないでしょうか?

 

 

非常識なきものの着方で思い出す事がもう1つ。

私の母は、姑の七七日(四十九日)の法要に茶屋辻柄のきものを着て行きました。

 

母にきものを着付けたのは私です。まぁ、なんて非常識な!という声が聞こえてきそうです。法事の場合、日が浅ければ喪服、年月が経っていたら地味目の色無地が普通です。私も最初は「どうして!?」と思いましたが母の決意は固く。

その茶屋辻柄のきものは、結婚の時に結納の品として父方から頂いたもの。姑自らが機織りで織り上げた白生地に、茶屋辻柄を染めたものでした。

母は、「お義母さんからもらったこの着物、結局お義母さんに一度も着姿を見せる事ができなかった。どうしてもお義母さんに見せたい」と言いました。母は身体が弱く、私が子供の頃は入院している母の記憶しかありません。そんな母をおばあちゃんは心配し、本当に可愛がっていたようです。

 

七七日までは、まだ魂はこの世にいると言いますものね、おばあちゃんに見せる最後のチャンス。母はその着物をおばあちゃんに見せる事ができて大変満足したようです。おばあちゃんもきっと喜んでくれていると信じています。

そして、母の思いを理解してくれた親族に感謝です。