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ママの手で七五三のお支度を 三歳「髪置きの儀」

2016.10.14

ブログでは毎度おなじみ。ママにお付き合いして一緒にお稽古にきてくれている、もうすぐ3歳になる女の子Kちゃん。もうすぐ3歳ということは、今年が3歳のお祝い♪

 

張り切ってママ、Kちゃんに祝い着を着せる練習。バッチリです♪

ママに繋がれていない方の手でいたずらしてたKちゃん。ママに「お写真撮るから、お手て、ちゃんとしてね」と言われ、全神経が指先に集まっているんじゃないかと思うくらいピンとまっすぐ伸ばしたKちゃんの手、可愛い〜♪

 

ママの手で七五三のお支度を 三歳「髪置きの儀」

 

今のように医学が発達していない頃は、子供は「7歳までは神の子」と言われ、7歳になるまでは神様からお預かりした子だと思って大切に育てなさい、と言われていました。7歳くらいまでには、はしかや水疱瘡など色々な病気になりますよね。予防接種がない時代には、誰でもかかるそんな病気でたくさんの子供が亡くなっていました。伝染病ですから村中の子供が感染、なんてこともあったでしょう。我が子のはしかが治ったらお赤飯を炊いてお地蔵さんにお供えをする地方もあったそうです。そのくらい、子供が元気に生まれても7歳まで無事に育つというのは大変な事でした。

 

なので3歳、5歳、7歳の節目には、無事に育った事に感謝しお礼をするために神社にお参りに行ったのでした。

 

そしてこの節目には、それぞれに意味を持った儀式が行なわれました。

 

3歳は「髪置きの儀」と言い、男児、女児の両方が行なっていました。

昔は、男女とも大人になると髪を結い上げるので、黒くて艶がよくてフサフサで長い髪が欲しかったのです。昔は、ヘアスタイルで未婚、既婚や職業などが分かりました。例えば戦国武将たちは、頭の中央を剃り込む逆モヒカンにちょんまげスタイル。どうして真ん中を剃っちゃったかなぁ?と幼い頃は不思議でした。戦国武将の主なお仕事は戦で、戦の時の正装は鎧兜な訳で、あの兜、なかなかに蒸れる。夏場の戦で長期戦になったら、ろくにシャンプーも出来ない状況で、ロンゲでずっと兜をつけたままだったら兜の中は…と考えるだけでも頭が痒くなっちゃいます。。なので、戦国武将は頭皮に負担が少ないヘアスタイルだったのですね〜。じゃあ、剃っちゃうんだから薄毛でも良い?というとそうではなく、剃っちゃったあのピカピカの頭に、毛量たっぷりのちょんまげが乗るからカッコイイのですね。

 

と言う事で、3歳男女児の「髪置きの儀」

3歳までは、良い髪が生えろよ〜、の願いを込めて、子供は髪を剃っていました。でもお坊さんみたいに丸坊主ではなく、頭のてっぺんとか耳の上とか、後ろ首のあたり(ぼんのくぼ)の髪だけは剃ってませんでした。この部分、太い血管やたくさんの神経が通っているすごく大事なところ。なので、子供を守る為にこの部分だけはクッションになる髪を残していたのですね。

特にぼんのくぼの髪は、子供が火に手を突っ込もうとしたり、井戸に落っこちそうになったりした時に、神様が引っ張って助けてくれたのだそうですよ。

そんな風にして将来の為に3歳まで剃っていた髪を「さぁ、いよいよ伸ばしはじめましょう!」というのが髪置きの儀です。

 

実際にどんな事をしていたのかと言うと…

髪を切るまね、髪をとかすまねをして、麻ひもがついた綿帽子をかぶせて、その綿帽子に松、竹、稲穂などのおめでたい飾り物をつける。というもの。

麻ひもは長くて丈夫な髪、綿帽子は白髪になるまで長生きを、の願いが込められていました。

 

復活させてみる!?